2009年8月
  
<8月31日>

【そーいえば近況報告にモロに使える話題があったんだ】


選挙には、行きました。




  
<8月30日>

【資本主義社会で軽やか生きるための一つ】


経済を、自然に、楽しむ。




  
<8月29日>

【泣きながら原付を走らせた夜】


ひとつひとつの 感情を

そっくり言葉で もぎ取ることが できるなら

未来に 何かを 残せそうなのに




  
<8月28日>

【生きる決意(ティッシュ箱のメモ書きを基に)】

生きていく道を探す必要がある。
周りに支えられた恵まれた環境があって、その中で、ぼく一人で生きていく道を探す必要がある。なるべく周りのありがたさに迷惑をかけないようにできる、ぼく一人で生きていく道を探す必要がある。

ぼくは十代半ばで学んだ。

ぼくが生きる方法の一つに、自分を押し殺し続けるという手法があることを。
自分で自分を押さえ込めて押し殺して生きると、その先には、灰色の人生が待っている。色のない世界。単色の世界。

生きるとは何だ。

眠り、食べ、排泄する。この繰り返しが生きるということなのか。

眠り、食べ、排泄する。

笑い合える友となら、この繰り返しでも、それなりに楽しそうだ。

眠り、食べ、排泄する。

資本主義社会で生きる上では、資本を手に入れる行動が入る。

眠り、食べ、排泄する。そして、働く。

働く。

どうやら、働いている時間が、肝のようだ。
しかめっ面して働くか、それとも生き生きと働くかで、灰色の人生か彩り溢れた人生かが分かれそうだ。

他者と直接関わることが充実に繋がり易ければ、生きるということ自体が充実に繋がり易そうだ。
不特定多数の他者と直接関わること。残念なことに、ぼくの持つ症状は、充実と遠いみたいだ。


自分の形を人から別のモノに変えて残り他者と関わる。


ぼくの人生の充実の在り処が、ぼんやりと、分かった。

人から文字へと形を変えて、ぼくは、生きていこうと思った。




  
<8月27日>

【記憶の駄菓子】

文章を流す練習としても、この近況報告、使えそう。
というわけで、練習しまーす。


駄菓子が売ってあった。特段に美味しい駄菓子というわけでもないのだが、手に取り、購入した。昔ながらの素朴な駄菓子を口へ運び噛むと、祖母との記憶がぼんやりと蘇った。懐かしく、そして、恋しい思い出だ。愛に満ち溢れた思い出だ。口の中にある何の変哲も無い駄菓子を、一口、また一口と噛む度に、祖母との思い出が蘇ってくる。

そうだ。

ぼくは駄菓子を食べているのではなく、実は祖母との記憶を食べているのだ。
しばらくして、甘い駄菓子に、ちょっぴり、塩気が混じった。




  
<8月26日>

【偉業(学問・芸術・スポーツ・産業など、業種の如何を問わず)】



我々は、人という種にとっての未知を開いた一歩に対し、人類の一員として、本能的に喜びを覚え、そして、称えるのだろう。





  
<8月25日>

【アマルフィ】



所感:手の込んだ壮大なテレビ番組を4ヶ月ほど早く大スクリーンで観た。





  
<8月24日>

【本来の趣旨、近況報告的】



数日ぶりの、オンライン。





  
<8月23日>

【前を向いているから安心かな(ティッシュ箱のメモ書きより)】



みらいある、わたしたち。





  
<8月22日>

【追い込まれた自分を自分で励ましていたかは分からない(ティッシュ箱のメモ書きより)】



生きるということを好きになって欲しい。





  
<8月21日>

【どうやら追い込まれていたようだ(ティッシュ箱のメモ書きより)】


まわりにみえない、わけのわからないあっぱくが、つめて、つめて、つめてきて、いっぱいいっぱいになったとき、いっきに、はれつする。




  
<8月20日>

【おれは何を思いティッシュ箱に書き残したのか】



セミの声が「地デジで、地デジで、地デジで…」と聞こえる。





  
<8月19日>

【ティッシュ箱の切れ端に残された自分ポジション】



異形の存在。





  
<8月18日>

【手当たり次第書いているメモ】

おれには「思いついたことを手当たり次第メモる」クセがあるらしい。
自分でもいつ残したかワケの分からんメモ書きでビッシリのティッシュ箱を見て笑った人を何人か知っている。

(そういうメモ書きをこのスペースに書くのも、おれにとっては、面白い)と思ったので、今後、ぽちーぽち、残していこうと思う。

住環境から紙が減りデータとなってWeb上に残る。気ラクに残せて軽やか。おぉー、ベリーグッド。




  
<8月17日>

【1m先に】

今日、生きてて、思った。
(1m先に空気があるのって、すげぇな)
おそらく、おれが日常を生きる上で、自分を痛めつけないなら、おれの1m先に常に空気が存在しているってすごいと思った。

この世にエアポケットみたいなところがあって、陸上を歩いてて、そのポイントに入っていきなり呼吸できない状態になったりすると…(そういう設定って、どっかで使えるか?)と考え、いろいろ伸ばして考えようとしたけど、ほんと、案件(になるのか?)を複数抱えることが自分から遠いと科学的・感覚的に理解できているから、この近況報告に後々自分が見るかもしれない記録として残して「注意の切り替え」をすることにした。おっ、「注意の切り替え」に関して、治療方法はなくても、「記録に残す(そしてホッとする)」解決方法見っけ。




  
<8月16日>

【言葉化学方程式】



強さ−安心→怖さ





  
<8月15日>

【敬意を込めての敬称略】



谷川俊太郎は地球を俯瞰した意識を持っている。





  
<8月13日>

【このスペースの半年後のにぎわい予想】



3人/日。





  
<8月12日>

【時間帯での物価の違い】


居酒屋を深夜近くに開いている定食屋のように使おうかと試してみたら、思いの他、値が張ったのでヤメ…やっぱ今度付け出しと飲み物は要らないと伝えて再チャレンジに変更っ!




  
<8月11日>

【うおっ!!?また掲載されているっ!!】

今年の1月に「ろじっくぱらだいす」(ワタナベさま管理)の代打日記に掲載されて(あ、個人で出版社レベルの結果を出されているサイト→「ろじぱら」を知らないかもしれない友だちへ)、ろじぱらの求める方向性を意識しながら、今回も、投稿してみたら、また掲載されてたぁぁああ!!

(今、この近況報告を読んでらっしゃる方の95%以上は、ろじっくぱらだいすさん経由でやっていらしてる…ってことは、ここから、ろじっくぱらだいすさんにリンクを貼ることは自己満足になりそうだな…と、いうことは、距離は?表現方法は??)


ワタナベさま、ありがとうございます。


(これだっ!!この距離だっ!「自分に自然な形で感謝を伝える」この距離だっ!!)
こう思い、行動に移した後、

(おれにはリアクションって形が合ってるのかもしれないな)と思いましたペンペン。

あ、今回の近況報告の時点で、ぼくの生きている生活圏内で、森山直太郎は夏の終わりを歌い始めていません。了。




  
<8月7日>

【真夏の日中を上から下に撫でてみた】










  
<8月5日>

【巻き込まれて無事】

カブ号に乗っていたら、軽自動車の左折に巻き込まれた。
軽自動車、左側のドアにグワッサァ〜!なキズ。
おれの体、無事。

窓越しに、運転手(十代後半)と、話す。

「巻き込み未確認で車と単車なので、経験上、10:0か、9:1くらいだと思います。人身にも物損にもしません(時間がもったいない)。ぼくの単車に破損は無いので、何もなかったで、いいですか?」
「は、はい。」

右手の小指をちょっと打ってたみたいだったが、人生経験上、特に問題なさそうなレベルだったので、スルーした。

巻き込まれて無事ではあったものの、ここ最近の感じから(よくねーモノを引き寄せがちなバイオリズムだな)と判断し、この頃の日々と違う行動をした。友達家に、避難した。




  
<8月4日>

【一週間も経ってないけど】

えぇーっと、生きています

第一の読者に想定している沖縄にいるYOUは、おそらく1週間に1度くらいのペースでココを見てて、年単位で音信不通になっても(ま、アノ人なら、あるな)くらいの距離だろうから、生存報告するまでもないくらいの空き期間だと思うけど、生存報告と言う名の近況報告でしたマル。








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