2010年3月
  
<3月31日>

【年度の終わり】

年度の終わりを意識してるニート。
(年度で動いている人たちと関わる形でプロジェクトに参加しているかだろうな)と思っている。


日本国民の広くに名の知れた企業に所属する人間が、最もプロジェクトの足を引っ張った。


哀しいけれど、事実に最も近い表現だ。だって、ニートのおれに、ちょくちょく尻拭いされてたんだもの。そりゃぁ…ねぇ。



  
  
<3月30日>

【食べる量が減ってきてる】

一日に食べる量が減ってきている感じがしている。
気のせいかもしれない。
気分は良好なのでノープロブレムか。
(主に腹周りに蓄えた脂肪があるから、それ食え、体)だ。



  
  
<3月29日>

【不眠症、発動】


脳がギシギシガンガンする中で、作業。おれが不眠症で丸一日眠れていないのは、受け取り手さんには関係のない話。一個人での趣味的な活動なら関係すると思う…が、チームを組んで遂行しているプロジェクトなので、おれが眠れなくて頭ガンガンしてても、やはり、それは受け取り手さんには関係のないこと。なので、作業する…というか、した。眠れたら、眠りたい。



  
  
<3月28日>

【日曜日も作業案件が留まらずに作業】


(これって、もしかして仕事?…給金出てないしなぁ〜、先送りしてもいいし、別の人がやってもいいことだし、おれがやると誰かの時間が浮いて、その誰かに友だちも入っているからやってるんだけど…見方によってはいいように使われているなぁ〜、無料だもんなぁ〜…、ま、いっか)

「自主性・自発性の範囲内での行動」だから、続けられている。納期があることだったら…あ、納期があることも、やってるや。仕事って、何だろうな。



  
  
<3月27日>

【黄砂?】



(ちょっとぉ〜、かの国の人さぁー!)




  
  
<3月26日>

【趣味趣向の強い品について尋ねられた時のベター回答案発見】



「好きな人は好きだろうね〜」



相手との関係によって、語尾やイントネーションなど、雰囲気を変えるアレンジすれば、かなり汎用性の高いセリフだと思う。



  
  
<3月25日>

【風呂に入るとサッパリする】



髪の毛も、サッパリ五厘。青々している。




  
  
<3月24日>

【ほっとした】

プロジェクトで(サボタージュ、2日連続かぁぁ??あ”ぁ”ん???)と「チームメイト(おれのこと)を必要以上に混乱させる」出来事になりそうだった…というか、そうなっていたが、収まった。

人に得手・不得手があるように、立場で向いていることと向いていなことがあることを考慮して「制作会社の判断で、いつでもGo!できる環境」を作っていて、2日連続サボタージュだとしたら、プッツンしてブチ切れそうだった。キレかけていた。怒鳴り込みたい気分だった。

気配りをないがしろにされそうだったこと…は、まだ耐えられる。


・おれの大事な友だちの企画の足を引っ張る行為。
・企画に関わっている受け取り手さんたちの時間を奪い、気持ちをないがしろにする行為。
・おれの大事なブログ読者さんを待たせるに値する行動か?


プロジェクトに関わる人間が、得手不得手はあったとしても、誠実に丁寧に一生懸命…(一度承認した約束やスケジュールを守るとかさぁ!)…業務を遂行してたら、おれの大事なブログ読者さんを待たせるに値する態度・姿勢・行動なのだが、

(サボタージュは許せねぇゾ!こらぁ!!おれの大事な読者さんに土下座しろや!おれの時間や労力は…まぁいいとして、おれが生まれながらに持っていた症状で待ってもらいがちになっていても寛容な対応をしてくれているおれの大事な読者さんを、業務でプロジェクトに関わっている立場の人間がサボタージュして、それが巡り巡っておれの大事な読者さんを待たせる結果になるのは納得行かねぇぞ!おぉう!!)

ほんと、いろいろな要素が複合して、ブチ切れかけてた。

24日を過ぎても変わらないようだったら「ウガァァァ!!!」な行動を起こしかねなかった。

…杞憂に終わってよかった。



  
  
<3月23日>

【アニメという形】

アニメという形で表現されている商作品をいくらか見た。
刹那的おちゃらけのテレビバラエティ番組より、限られた時間・労力・人的資源で作られたアニメの方が、クオリティが高いと感じた。

アニメも、取り扱っているジャンルは、いろいろある。

歴史・社会・日常・宇宙・ファンタジー、ほんと、いろいろ。



  
  
<3月22日>

【気がかりへの対処】

チームで取り組んでいるプロジェクトに気がかりがあると、発信する形での趣味的な活動は先送りになりがち。ある種「気がかり」と「注意の切り替え(一つのことにこだわり続ける)」のコンボ。

ぶっちぎる。

これができたら、時間や気力や労力をグワー!と使用する形での、趣味的な情報発信活動も、できる。

自分の特性を客観的に知る以前は、

・気を遣いすぎな性格。
・心配症。

こんな感じでの表現だったが、自分の症状が具体的に理解できたので、具体的な事象との因果関係を理解し易くなった。自分の症状の具合(範囲)を把握&実感して解法を編み出したいな。

そしたら、きっと、もっと、生きやすくなるはず。



  
  
<3月21日>

【0時】



−1分−2秒−3




  
  
<3月20日>

【ハッピーなニートを根底で支える仕組みを発見した】



『ニートやってる人たちの「時間・知識・労力」を、本人たちに気分の良い形で、社会が得するように導き出す』



この仕組みを作り、ニートやってる人に経済的な報酬が届くようにできたら、世の中にハッピーなニート(本人も社会もハッピー)が増えることが分かった。



  
  
<3月19日>

【その場合の食事は、おいしいのか、まずいのか】



おいしい料理をまずい接客で提供する店。




  
  
<3月18日>

【深夜未明のファミレスで】

まず、申し上げたい。

ぼくは、自分の変人具合をある程度は把握している。なので、なるべく外に出ない(僕個人と社会にとって平和だから)ようにしている。

出来事を端的に書く。


明け方のファミレスで食事をし終え、会計の際、サービス責任者という名札を付けてある従業員(女性:アルバイト)から「店側の都合でお客の自由(時間や意思決定権など)を奪う行為をされた」経緯で、店長が家からスーツ姿でやってきて、サービス責任者が涙をボロボロ流し顔面をグチャグチャにした状態になりながら腰を90度曲げて何度も「ありがとうございました。申し訳ございませんでした」と繰り返す(店内でも店外での見送りでも)中、歩くなどして帰った。


会計に行ったらレジ締めの最中で、まず、待たされた。

(他のお客さんが並んでて待つのとは、構図上、ワケが違う)と、思った。レジ締めを後回しにすれば解決する話だ。


「サービスとは理に適った範囲での他者満足」


これは、世の中の多数の人が受け入れてくれるだろう概念だと思う。

ファミレスが食券を購入するタイプなどのセルフサービス型ならば、そういうサービスだと分かるが、接客も、ある。つまりは、食べ物や立地やその場での会話や快適な作業や従業員の接客も含めての値段ということになる。

レジ締めで待たされる…つまりは、サービスを提供する側の勝手な都合で時間や意思決定権などを奪われたことに、腹が立った。

「先に会計できませんか?」
「レジ締め、もう少しで終わりますので…」

(この状況下で、おれにとってのもう少しは、長くて2秒なのだが。この「もう少し」という表現に、おれは、相手側の「もう少し」範囲に巻き込まれなければならないのか?)

その後のレジでの対応に(めんどくせぇな、コイツ)的な感じが、従業員の口調や語尾や抑揚や態度などに現れたから、さぁ、大変。


「ちょっと、対応が分からないので、ぼくの納得いくまで、おねがいします」


構図から口調から態度から姿勢から、ぼく側から「皿を下げに来る前に段重ねにまとめて台もナプキンで拭いていたことなど」を踏まえて、とことん追求した。


接客する立場の人は、泣きそうになりながら、日本語の使い方を間違えながらの、対応だった。納得しないまま帰ると「注意の切り替え」の部分で、数日はおろか、数週間、数か月も引き摺ってしまう可能性があるので、その場でケリをつけるためにも、TPOを意識した上でのお構いなしで続けた。


「サービスの本質は他者満足だ」


このことも含めて、話していた。
「サービス責任者なら、自分の行ったサービスの中にあった不手際の責任をとって欲しい」旨を伝えた。


「どうすれば、お客様の憤りが収まるのでしょうか?」
「知りません。それを導き出すのも責任に含まれると思います。こちら側で考える気はありません。責任を取って、ぼくの気分を、平穏に戻してください」
「それでは私ではなく店長と話されては…」
「今すぐここに呼んでください。誠意とはそういうものだと思います(朝4時か5時頃)」
「え…」
「後日新たに、ぼくをここに来させるのですか?ぼくは待ちますので、あとはどうぞ。こんな時間に起こされる店長さんは気の毒だとは思いますが、部下の不手際は、店を任された人間として教育・指導不足であると思いますし『店長に』と提案されたのはあなたなので、全責任は、あなたにありますので、こちらとしては、気楽です」


店長を待っていたら、電話を差し出されて、会話。

事の顛末を話したところ、店長さんは、電話先で平謝り。

「こんな時間に呼び出されて、どういう対応をされるかって、誠実かどうかと密接に関わっていると思います」
「着替えをする時間をください!申し訳ございませんが、10分〜15分ほどお時間をください!」
「はい、分かりました。個人的には気の毒だとは思いますが、仕事ですので。事故等々、気を付けてください」
「お気遣っていただき、ありがとうございます!」
「今話した感じ、個人的に人柄の良い方だなと感じたので…。ただ、それと部下の業務とは違う話ですので…」
「重々承知いたしております!」
「それではお待ちいたしております」


15分ほど経って、店長さん、スーツ姿で登場。終始、平謝り。

店長さんとマンツーマンで話をした後、サービス責任者なる人も呼んで、三者面談的に会話。

「接客業に携わる際に、最も大事なことって『清潔感のある容姿』『他者満足を前提にした柔軟な対応』『ここは日本なので…適切な日本語の使用』だいたいこの3つだと思うのんです。小学校、中学校…まぁ、今は高校もだと思います…その範囲で、教師や周りの人や…まぁ、ぶっちゃけ『親が躾して』その人の身についていれば、なんら問題ないのですけど…それができてなかったら、親や学校の尻拭いを従業員教育という形で店長さんが仕事としてされるほか、なかなか、ないと思うんです」

女性アルバイト、ここで、涙をボロボロこぼし始めた。店長さんはこうべを垂れる。

「今、男性女性関係なく話しています。仕事上での指摘で、男性はほとんど泣きません。まず見たことがないです。泣くのは女性がほとんどです。仕事ならばこの場面で泣くのはおかしいです。この場面で泣くということは、あなた、おかしくないですか?」
「申し訳ございません…申し訳ございません…私が…私が…勉強不足で…」

「店長さんの対応…誠実だと感じたので、もういいです。もし店長さんが変な対応をなされていたら、エリアマネージャー…それでも変だったら、統括本部長など、どんどん上まで行く予定でした。店長さんで止まってよかったです。それでは失礼します」

外に出ると、夜は明けかかっていた。

「ありがとうございました。申し訳ございませんでした」

腰を90度曲げてのお辞儀を背に、ぼくは、歩き始めた。(ああ、おれに接客業は、無理だな。自分自身の脳内指摘に耐えきれねぇわ)と痛感しながら。



  
  
<3月17日>

【映画館の意味分からない対応】

私用と公用の間みたいな形で、映画館に、行ってきた。
「当日忙しくて映画のチケット買うところを省けたら助かる」と、頼まれたからだ。
ネットで購入するのを進めようかと思ったが、おれが動けば解決する話なので、行動することにした。

今週末に上映される映画のチケットを購入したい旨を伝えた。

ネットでの購入は席指定のみだったので(さすがに当日席を指定する時間くらいはあるだろう)と考え、現場へ向かった。

事の顛末を先に書く。



「席を指定する形でのみチケット購入することができる(映画館側の自分ルール)」



疑問に、思った。

特急列車などは、空いていれば、指定席への変更ができるではないか。サービスの本質は、理に適った範囲での他者満足ではないのか?そのサービスの対価として金銭が発生するのではないだろうか。

話を映画館に戻す。受付の女性の対応は、マニュアルだった。「私どもと致しておりましては…」の毎度のパターンだ。なんで「ご指摘ありがとうございます。私の一存では判断できかねる案件ですので、ご指摘を今後の運営に生かせるよう、上司に報告させていただきます」こんな感じの前向きな対応ができないのだろうか?と、やはり、思う。

さらに一度座席を指定して購入したチケットの席の切り替えもできないという。意味が分からない。

満席やほぼ満席などのパターンならば、納得できる。

なぜ、数百席もあり、かつガラガラな上映でも、指定のみを購入しなければならないのか?

他人のためにチケット購入を段取りする立場としては、時間短縮ができて、のちのち座席を切り替えることができると、その映画館に対して少しではあるが好感を覚えるのだが。対応が、意味が分からない。

ガラガラの状態での上映の際、特急列車のように、その時の気分でよりよい座席への変更できるように、なぜしない?なぜ、撥ね退ける系の対応をする?意味が分からない。

で、チケットの段取りができていた方がベターであることは分かるので、座席の切り替えができない前提で、自分にできる範囲で「チケット購入を頼んだ人物の視力や位置の好みや最も気分良く映画を見ることができる大体の位置(効き目で左右が変化する)」を加味して、選んだ。

「それではこちらの席でチケットをお取りしておきましょうか?」
「それ!この映画館でチケットを買う度に聞いていた『お取りしておきましょうか?』って、それ、『案に切り替えができる』って言ってませんか?だから切り替えができる前提で話してたんですけど!どうなんですか?」
「申し訳ございませんでした!!」

ほんとに意味の分からない対応だった。

最後に付け加えたいことがある。
受付の若い女性は「便宜」という言葉を理解できていなかった。「臨機応変」も。



  
  
<3月16日>

【臨機応変】



状況を見定めて適切な行動をとること。



本来の意味は、およそ、こんな感じだろう。で、適切な行動をとっているかどうかを判断するのは、まず、行動した人間と「臨機応変に」という言葉を放った人間。判断する人物が二人以上いる。ぼくと言葉を発した人と周りの人。「臨機応変に」という言葉を発した側に意思決定権があることが多く、ぼくもその人も判断したにも関わらず、判断が優先されれるのは「臨機応変に」という言葉を発した側。つまり、「臨機応変に」という言葉を発した側にとって都合の良い結果が出る動きをおれがしているか…ということになる。

そういうこともあって、ぼくは、意思決定権が二人称に移ることを極端に避ける(一人で行動するとかそういう解決方法になる)ようになったのだろう。

「臨機応変に」と言う側の立場が上の場合がほとんどなので、周りの人は、打算も働いて、どちらを支持するかは…その人にとって都合の良い側…つまり立場が上の人の意見。判断基準は、保身が先に立ち、状況にあった行動かどうかは、実は、二の次だったりする。

昨日、臨機応変について書いて、一日の間に、無意識が勝手にまとめてたみたい。



  
  
<3月15日>

【「臨機応変」という言葉を使う人にとって】



「臨機応変に」とは「その言葉を放った人物にとって都合の良い結果を出す動きをしろ」の意。



今まで「臨機応変に」と言ってきた人間に最も強く共通していた特徴。



  
  
<3月14日>

【人類が太陽系の外に出る際】

(人の形をしている必要があるのかな?どうなんだろう?思念体としての思考回路や個性を持ち出せば、それでいいんじゃないか?脳波等々、研究して、プログラムとして落とし込んで、人類として太陽系の外に出るにあたって都合のよい形をしていた方が…たとえばロボットだったり…現実的なんじゃないかな?)

などなど、いろいろ、思った。


「我々」は、どこから来たのか。
「我々」は、どこへ行くのか。


「我々」は、今の形を保たなければならないのか?


これは、火星をテラフォーミングする計画がある現実で、真理の一つを突いた疑問なのかもしれない。



  
  
<3月13日>

【友だちは有名人と仕事をしている】



脚本家としての三谷幸喜を役者として起用してた。



(マシリトの元ネタになった鳥嶋さんと会うヤツぁいるし、三谷幸喜に関わっているヤツぁいるし…嗚呼、おれはニートだな)と、つくづく、思った。

有名人どうのこうのはさておいて「生きている実感」は、日々、味わいたい。



一度きりの人生だもの。

一度きりの今日だもの。


(あ、これいいな。お酒のコピーとかに使えるかな…発表する場は、まぁ、なかなかないが)と、思った。



  
  
<3月12日>

【復調の兆し】



症状が胃腸炎だとして、復調の兆しが、体内から出た。




  
  
<3月11日>

【風邪っぽい症状】

Webで調べたら「最悪のパターンで脳腫瘍」だったんで(うわー、ハードやなぁ)と思ってたら、どーやら「胃腸炎」みたいで(胃っ、胃腸炎なら、数日で抗体ができて痛みは過ぎ去るだろうから、大丈夫そうだ。頼むぜ!おれのボディ!※主に腹回りの脂肪)と、そんな感じです。

(病気の時の作業って、堪えるなぁ〜。100%義務がおれに集中してたら精神的に耐えきれなかったかも…よかった、100%義務集中パターンじゃなくて)と思いました。まる。



  
  
<3月10日>

【風邪っぽい】

何の病気か分からない。

食べても、出す。食べても、出す。ずっと、それ。

頭痛するし、意味分からん。(胃が弱っているんだろうな)と思えるから、対処法分からないけど、そんな感じだから、精神的には、ラク。

体に貯蓄された脂肪があるから、一週間くらいはやり繰りできるだろうけど、一週間過ぎても「食べたら、出す。食べたら、出す」この状態だったら、ヤバイな。そんな近況報告。



  
  
<3月9日>

【ニートらしからぬ、この頃の欲求】



(コンパクトなノートパソコンがあれば、外でも作業ができるぞ。そしたら酒好きな友だちの誘いに乗れるなー)



ニートなのに、この頃の欲求が、楽しい仕事・充実した仕事への投資て…。(なぁーんか、変だぞ、コレ)と、思う。プロジェクトに、時間(納期)に余裕のある範囲で関わっているんで、充実した趣味って感じが強い…マジ、仕事って、なんだろう?仕事の定義って何だろう?

(やっぱり、ハッピーなニートを探ることは、仕事の定義を探ることと、密接に関わっているなー)と、しみじみ、思う。

今、おれが、日常的に関わっているプロジェクトは、仕事なんだけど、仕事じゃない。



  
  
<3月8日>

【ひとつの真理に気がついた】



圧倒的多数は、都合か良いかどうかを基準に意思を決定し、行動している。




  
  
<3月7日>

【休日って意味の日曜日だった】



寝た、寝た、日曜、寝た。



こんな感じの休日だった。
(本来毎日がエブリデイなはずのニートなのに、休日って感覚があるの、変だな)と思った。企業に所属している人は労働として関わっているプロジェクトに、おれも労働ではない形で関わっているわけだから、休日を感じるのは、理に適っている…のは分かる。


「休日が ホリデーなのは 知ってるよ(ニート川柳)」


お後がよろしい…か?ま、いいや。では、またー。



  
  
<3月6日>

【シミュレーテッドリアリティ】



この世界を生きるキャラのひとりになった気分。




  
  
<3月5日>

【ある意味究極の人生】



気持の良い睡眠と満足の行く食事があって、あとは、ずっと好きなことができる。




  
  
<3月4日>

【料理のコツを一つ覚えた】



調理はできるが、料理はできない。



自分のことを客観視すると、こんな感じ。

段取りの確定している食物加工作業は、できる。つまり、調理はできる。ベルトコンベアで流れてはこないが、流れ作業なので、できる。

パンは焼けないが、そこはパンやさんに任せて、トッピング(バターやハチミツやオリジナル)にバリエーションをもたせることは、できる。まぁ、できることをやればいいのだ。

で、調理と料理の間みたいな「鍋」料理をした。

野菜を加工して、ダシ(既製品を活用)をもとにしたスープを作って、ブチ込み煮込む。料理というよりは、調理だ。段取りが、確定しているから。料理には創作のシズルがあり、調理には加工のシズルがある。加工なら、できる。包丁の代わりにピーラーなどの道具を使えば、より安全になるし。

ウマい!とまではいかないが(まぁ、プロでもないし、家でこれだけできれば充分じゃないか?食うの、おれくらいだし)程度の味は満たせた。

味を一定ラインまで到達させるコツというか、気づいたことが、大きく、2点ある。


1.うす味にする。
2.野菜の特徴を揃える。


1.については、人に差し出す時に「味の調整は自分でしてね」と言えるから。責任を分担できる。うすい味には一味・七味などなど、調味料で味をつけたし易いが、濃い味だと、差し出した段階でゲームオーバーになっている確率が高い。濃い味は、プロ仕様だと思う。「味の調整は自分でしてね」が言えるということは『味にゴチャゴチャ言うなよ。気に入らないなら自分で直してくれ。それができなければ、自分で作るか、黙って食え』こういうことが論理的に成り立つ。そのためには、受け取り手側で味を調整できる必要があり、うす味となる。

2.については、たとえば、『透明で繊維質の見える野菜』で揃えると、統一感がでて、「間違いな味」にはなりにくい(「うす味」との相性もよい)。「白菜・玉ねぎ・ネギ・大根」(あぁ、コイツラ、似てる。同類項的部分がある)な食材で揃えると、味に統一感が出易いみたいだ。ピーマンも、透明ではないけど、構造が似てるか。

うす味で野菜の特徴を合わせると「まぁまぁの味」までは比較的容易に辿り着きやすいことが分かった。

料理のコツが、一つ、分かった。まぁ、厳密には、調理、か。



  
  
<3月3日>

【ひなまつりの寝起き】

今日はひなまつりですね。ひなまつりとは関係ありませんが、



Q.気力、体力、さぁ何?



夢の続きなのか何なのか、寝起きで脳内でこう尋ねられて、

(気力、体力、…えぇー!!?…気力、体力、えぇーなんだろー…)



A.気力、体力、竹内力



(これで勘弁して…大喜利の暗黙のルール内での精一杯だから、これで許して…)

って思って二度寝した…ひなまつり関係ねぇ!!



  
  
<3月2日>

【「どよぉ〜ん」としたままを残すのもおもしろいかと思って】

チームプレイをしているときに、ミスは許せて横着は許せないという気分が、おれの中にある。そういう事象を自分のこととして目の当たりにすると、対象が大事であればある程、沈む。

一個一個の段取りを、紙にメモを残しながら、フローチャート的に行えること…つまりは作業。

工場のラインとか、常に切羽詰った時間制限を課せられる…のならば、ミスだと分かるんだ。でも、時間制限が緩やかな状況でのミスは、横着に見えてしまう。

おれも「できる方じゃない」から、できる方じゃないなりにチームに迷惑をかけないよう心がけて動いている。


横着を消す解決方法の一つは、一つ一つの作業を丁寧にするだ。


丁寧は効率化からは遠いと思う。でも、作業の速さと引き替えに雑な仕事をして、信用だったり信頼だったりを失うことの方が、長期的に見たら、効率化から遠いと思うんだ。


納期に追われないように、時間配分をして、常に充分間に合った状態でいること。


こういう風に、自己マネージメントっちゅーか、段取りするのも仕事の一つだと思うんだ。そういうの、おれ、不得手だから、極力金銭とチーム行動を避けて、一人で動いているんだと思う。おれは生まれながらにして、多数を占める人とは脳がズレてて変だから、特に、気にかけている。それでも、多数派の人たちにとっては、奇妙に映る。

そんなおれから見て、チームに雑な人がいるの…は、いいのか。チームで雑な人と隣り合わせになって、その人の作業(つまりは人生か)の後処理をする…ことが頻繁になってくると、沈むみたい。

(こういう沈んだ感じを出すと、読んだ人もそうなるのかなぁ〜)

こんな風に考えてるんで、この近況報告では、ワケワカランな内容はO.K.でネガティヴな内容は、書くことを控えるようにしている。あ、自虐的なのは、書くよ。

「外科手術で一刻を争う場面での荒々しい仮縫い縫合」のような理に適っている効率化には拍手喝采…というか、行動の原理のいちばんいちばん根本を論理的に把握して、涙が出そうになる。人の命を救いたいから。そういうのが見えると、いいんだけど、荒々しい効率化ではなく「雑」な仕事を見せられ…見せられる分はいいのか…自分のこととして関わることになると、(受け取り手にわるいことしたなぁ〜。大事な人たちの未来が淀むなぁ〜)な感じに「どよぉ〜ん」に、引きずられてしまう。

あぁ〜、分かった。


「理念を壊すような行為」を見せられたからだ。


チームで動いている中にあって「一人が理念を壊すような行為」をすると、影響はその一人にとどまらず、チーム全体に及ぶ。

で、チームの中に、おれにとって大事な人がいればいるほど、おれはヘコむんだ。(なんのこたぁない)的な人ばかりなら(理念が壊れて行く末がしぼんでも、いいや。おれにはカンケーないし)となれるが、おれにとって大事な人たちがチームにいる中で、おれにとって大事までは行かない人間の理念を壊す行為が、おれにとって大事な人たちの未来を淀めるのがイメージとして見えちゃうから、それに、引っ張られてるんだ。

なるほどねぇ〜。そりゃ、この気分になるわ。


自己犠牲はできるんだけど、対象が自分にとって尊い必要がある。


おれはある種「0」「1」人間なんで、対象が尊いと思えなければ、周りの人から見て自己犠牲が一切できていないのと同じになる。


チーム内に、おれにとって尊い存在もいれば、尊くない存在もいる。


さぁ、困った。「0」「1」人間にとっては、特に、困った。
今、そんな状態なんだな。

そーいえば、おれにとって「尊く愛すべき存在に満たされた空間」では、この気分には、ならないもんな。

気分の元というか原因というかは、分かった。

「注意の切り替え」が自閉型に振り切っているおれは、この気分を半日か一日は抱えるのだろうな(なるほど、これは会社や社会とは、適応しづらいわ)。

「どよぉ〜ん」とした気分の「なぜ?」は見つかり、そこは解決した。多少、ラクになった。



  
  
<3月1日>

【いつの間にか】



この街にぃ〜♪3月!









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