2010年8月
  
<8月31日>

【企画書、書いた】

(精一杯取り組んだか?)と自問自答すると「フレッシュさ・ハツラツさとは遠かったけど、ジックリやった。振り切る感じで精一杯ではない」みたいな答えになりそうだ。

ぼくの症状というのは「自分で自分を追い込む性質」を帯びているようで、追い込んだ方が企画書を受け取る人…というか、企画書の対象になっている人にとって、とてもプラスであるという確信があれば自分を追い込むけど、大事なのは自分を追い込むかどうかではなく、よりクオリティの高いモノができるかどうかなので、時間も脳内の余裕と言う意味でも、遊びがあった方が、企画が出そうだったこともあり、出来る限り気張らずにニュートラルな感じで取り組んだ。

結果、自分の中で「可」は付けられそうな出来になった。感覚的には「良」くらい。運がよければ「優」。

と、いうわけで、企画書を書いた。楽しかったし、おもしろかった。そういうお話。



  
  
<8月30日>

【2時間かな】

企画書を書いたんだけど、もって2時間かな、と思った。
楽しく生きて、お金も生み出す。楽しいって感覚が続くのは、今のところ、2時間くらい。

「一日のうち、いろんな楽しいことを2時間ずつ進める」

パッと出てきた案なんだけど、要所要所で「注意の切り替え(ができずにウワー!)」が発動するから、困ったもんだ。

まぁ「毎日2時間」を目安に諸々のことに楽しく取り組むって視点が見つかったし、いっかな。



  
  
<8月29日>

【おなら】


すかしすかされ、ふりふられ。



  
  
<8月28日>

【企画書を書くことになった】

「抜き出し」と「箇条書き的なまとめ」はした。

お手本付きなので、プロット等、真似すれば体裁を整えられるとは思うけど、トーシロが体裁気にして書いたモノなんて、プロから見たら味噌っかすだろうし、おれの武器は「生まれながらにして多数派とは違う脳みそのズレ」なので、書くこと・おさえるところはおさえて、あとは、理念に素直に自分の頭をこじらせて行こうと思い、お手本を印刷してたらインク残量が足りません(ウワー)。

週明けまで、自分に自然に動けて作れた分で、送る予定でいる。1ページも進まない可能性すら、ある。やり方の基礎というか(あぁ、こういうことなんだな)ってのは幾らか分かったので、出来、0ではないはず。

大元の理念と言うか、想いというか、まずはそこに同調するなり自分なりに探り当てるなりから始める必要があるみたいだ。ほら「教科書を読む」と「教科書を作る」じゃ、似てるようで、かなり違うと思うから。

気負わないよう、プレッシャーにならないよう、やれるところからやろっかな。その前に、メシを食おう。



  
  
<8月27日>

【採用試験での問い】

ぼくがもし将来、人を採用する側になったら、尋ねたいことがある。

「自分の不甲斐無さに、鼻水垂らして顔をグシャグシャにして、泣いたことはありますか?泣いたことがあるなら、その時の状況や理由などを、詳しくお聞かせください。」

「自分の感じた不甲斐無さを解決するために、その後、どのような行動を取りましたか?」

その人の芯、その一面が分かりそうな気がする問いだと、今は、思っている。



  
  
<8月25日>

【恐ろしく仕事ができる人たち】

友だちが仕事で秋元康さんに会うらしい。

(「仕事ができる」という共通点があると、有名かつ仕事のできる人に、会えるんだなあ)と感じた。
この世の中は、実は、どの分野でも頂点(もしくは、その付近)まで登ると、それぞれの世界で頂点までの登ってきた人たちに会える仕組みになっていることが分かる事例。

頂点に登ると、その分野では有名になる。
一つの分野で有名になると、雑誌・新聞・テレビなどのメディアが取り上げる。

メディアや広告、友人、つまりは人を通じて、ある分野とある分野の頂点の人たちは、必然的に出会う仕組みになっている。あ、当人同士が会いたい(相手の能力などに興味・関心・好意などなどを持っている場合)と思う前提があるか。

恐ろしく仕事ができる人たち…「オリンピックで金メダルを獲る」など「受賞する」も、恐ろしく仕事ができるに含まれると判断。

なので、もしこの世で会いたい人がいたら「恐ろしく仕事ができる人」になればよい。そして、周りの人に「○○さんに会いたい」と伝えていれば、そしてお互いが生きていれば、時期、会える。

「友だちが秋元康さんに会う」という、ある種ぼくにとって身近で、ある種ぼくにとって遠い現実は、「世の中は、そういう仕組みになっている」ということが直感的に分かる事例だった。



  
  
<8月23日>

【7月のつぶやき、まとめ】

(Twitterに慣れていてよかった)と思うような提案があった。間に合っていて、よかった。

金と立場で、社会生活が楽しいかどうか、ずいぶん変わると思う。

お金が先に立つと「この金銭分は、キッチリ労働していただきます、よ!」な感じがある。それは困る。労働というか、描いている物事を進める方向の動きをして、あとから「あなたの働きは幾らでした」と支払われる形なら、すごく、気楽。組織のオマケ的立場なら、実現できる、かなぁ〜。

ぼくの場合、モノや話材や概念やシステムや、間に、何か緩衝材になる事柄を挟んでのコミュニケーションに、いまのところ、行き着いている。(緩衝材というか、クッションを適切に選べたらなぁ)と、思う。

一日が、あっという間に、過ぎていく。これが続いて一週間ほど。

久しぶりの、オンライン。

生活時間帯、というか、リズム、ズレる。もとい、スライド。

なんか、外、夏になってやがんの。

梅雨のターンが終わって、夏のターンが到来した。

オンラインの時間を増やす必要があるみたいだ。

この世には居るのに、会わないから、居ないと感じる、この不思議。

毎日がエブリデイ。この夏も、続きそう。あ、旅に出るかも、だった。

「注意の切り替え」ができずに、まぁ、寝たのは寝たけど、気になっている。社会の人の大半は、仕事が最も大事(自分の充実に他人の充実がくっついてくる)みたい。おれ、仕事よりも、関係性って方を、大事にしてるかもしれない…と、ニートが言っております。
気分良く、楽しく、充実した、関係性。

友だちとしての関係性なら、おれ、1000人〜10000人に1人の割合くらいで、グッドである感じがある。(可能性は低いものの)友だちができる。ビジネスパートナーとしては、現代では、既存の職種では、ほぼ通用しないんだろうな。抱え込むより、できる限りで放出の方がベターだと判断。

「見通しが利かない事柄を抱え込むと脳が軋む」…これは、自分で思ってるよりも、たぶん、キビシイ。(できるかできないか、判断するプロセスが必要なんだろうな)。組織や他人に取り込まれるか、自分の意思か。(周りの人から見て)チョットでも取り込まれたら、スパンと服従につながっちゃう。アー。
起きていられる分は起きていよう。待っていられる分は待っていよう。待つのは、ぼくの、意志だから。

待たされると、数分で、わめき散らしたくなる。待つと待たされるとの、決定的な違い。決めているのは、誰か。その場・空間・時間での、意思を決定しているのは、誰か。待つ分には、時間単位・日単位・週単位・月単位、状況に応じて、自分の範囲で、できる。フシギ。

状況、変化。開放。ラク。

「どこから、お金を受け取るとキレイかって話です(グーグルの中の人:うろ覚え)」を日常生活にスライドさせて「対価として、お金を受け取った場合、どこにどう使うとキレイか?」を意識すると、きっと、人生が軽やかに朗らかになる気がしている。実行するには、お金を受け取る必要が。ガガガ。

汗をかく、それが自然な、ぼくの夏。

症状、マジ、たいへん。ここ数日で、あらためて、身に刻み込まれた。

「考えすぎだぞ」が、毎日というか、日常的に続き、「考えすぎだぞから逃れられない」一生。「細部への注意」が激しく「注意の切り替え」ができない(正確には、しづらい、だと考えるのも、また症状か)。

「細部への注意」を「気にしすぎだぞ、考えすぎだぞ」っていう平易な言葉に置き換えて、「注意の切り替え(が困難)」を「常に、気にしすぎて、考えすぎている」って言えば、おれの日常の感じが、人に伝わりやすくなるのかなぁ。

(「常に」って書いたけど、厳密には「常に」じゃねーもんなぁ。途切れること、あるだろうし。大意では、そうなんだろうだけど)とか、こういうことを考え続ける…あぁ、我が事ながら、メンドクサイ。

自分にとってスタンダードなスタンスを見つけたい。

夜風が、気持ち良い。



  
  
<8月22日>

【人か星か何の物語か分からないんだけど続きが気になる書き出しを思いついた】

はじめに、水があった。



  
  
<8月19日>

【言葉ってムズカシイ】

親交の深い友だちに、自分の思っていることを正確に伝えられない。
おれの言葉の使い方がヘタクソなのか、覚えること・覚えていることに極端に偏りがあるのか、症状なのか、とにかく、本意を伝えるのがムズカシイ。

極力時間に割って入りたくないから(たまーに見てるかも!?)なので、ここにも書こうと思う。

おれは、やっぱり、めんどくさい。おれと関わっている間は、基本、めんどくさいが纏わり付く…ということは、本人は、いつも、めんどくさい。四六時中、めんどくさい。

あ、横道に逸れた。

友だちが使った言葉があって、その対象は、おれオンリーワンという文章構造だった。
そのオンリーワンを、おれは、誇らしいと思ったし、最優先で大事にしたいと思った。

問題になりかけた原因(なぜ?なのか)が見えてなくて、全体像が見えてなくて、納得できてない状態で、さらに、症状の「細部への注意」&「注意の切り替え」のコンボ(気になったことが気になり続けて納得するまで解決できず相手を巻き込んでしまう。相手にとっては時間を奪われるわメンドクサイわ、さらにはウザくも感じるだろう、それは相手にとって迷惑だ。最も気にかけていることは「納得できてないので、また、同じ事を繰り返してしまう」だろうということ)が発動してるのを自覚できてて、自覚はできてても抑えが効かなくて(治療方法は無いんだって!チクショウ)、だったら「0」「1」を解決方法に使いまわして「案件に関わる(1)」「案件から手を引く(0)」…案件から降りて解決を図ろうとした。

友だちが「おれの存在はオンリーワンという文章構造内で使った言葉」を使って伝えたら、妙な誤解を生んだみたい。

納得できない状態で案件を関わり続けていると、精神的な「利益・損害の関係」につながる。フラットから遠ざかる。それじゃ、これから先、素直な意見も言い辛くなる。素直な意見が言いづらくなると、それは、友だちにとっての、おれのオンリーワン的な存在価値が無くなる…ということ。それは、避けたい。案件も大事。もっと大事なものがある。


大事なものとの関わりを無くすことで、最優先で大事なものを守る。


ベストな解決方法ではないけれど、どーにかこーにか、ベターな解決方法の下ぁの方には引っ掛かっているんじゃないか?と思う。

伝えたかったことオフラインメッセージで、別の表現で残したけど、酒飲んでて記憶に無かったり間違って消しちゃったりする可能性もあるだろうから、オープンなスペースで自分に書ける表現で、書き残してみた。

本意が、ちゃんと、届けばいいな。

おれがこの世に生まれてきて、今(代わりになれる人はいないな)と思う対象に、本意が伝わってない…と感じてる状態は、やっぱ、心地良く、ないや。



  
  
<8月14日>

【私信(メール返信代わり)】

(あ!この近況報告に書けば伝わるかも!?)と思ったので、ここで、も。

出産報告メール、届きました。
ゆうたくん、で、いいのかな?
母子ともに健康だそうで、よかったです。おめでとう。

メールに返信したんだけど、エラーなのか何なのか「届きませんでした」的な英文とともにリターンされました。アドレス等、試行錯誤して幾度か送ってみたけど、リターンされてきて、(どーやって「おめでとう」って伝えようか?)と思っていました。

で、まぁ、見て「数ヶ月に一度」で、可能性は低いだろうけど、見るかもしれないので、ここでも報告という流れになったわけです。

改めて、おめでとう。

ゆうたくんが、両親と一緒に、この世界を楽しめますように。



  
  
<8月13日>

【ピカー!】

成り行きで、Flashを、覚えることになりそうです。
予定の変更があって「やっぱ覚えなくていいや」パターンも残されています。
ゴールと言うか「○○のためにFlashを覚える」形なので、辿りつけそうな感じはしています。



  
  
<8月9日>

【6月のつぶやき、まとめ】

少なめの、お〜いお茶。

ヤギは千円札を食べることができる。

おいしそうに壱萬円札を食べるヤギを映像に残したい。

おいしそうな目でヤギが壱萬円札を見ている。仲間にしますか?

ちょーど良い塩梅で、生きていきたい。

※6月5日付近で、首の筋肉(左側)が硬くなり、高熱(40度オーバーかと)始まり数日続く。※

フラフラしている…バテているのか? (14日付け)

食べる量を意図的に減らしているから、フラフラするのは、当たり前っちゃー当たり前か。

睡眠時の発汗が変な状態。まー、いろいろ抱えてるんだろーな。

腹回りの脂肪が順調に減っていっている。気力も減っていっている感じ。二兎を追わずに、今は、腹回りの脂肪を基礎代謝で消費を優先。

治ったと思ったら、また、病気。(こうなりゃ、この先、数年分の病気を受け止めちゃるか?そうしたら、しばらく、病気知らずや!)と、思った。回復してー。

孫正義社長のユーストリームを観てた。光の道、あった方が、いいじゃん。

療養しながら楽しめる娯楽。

変な汗がドロドロ出た。(治った!?)と思わせてくれるような汗だ、が、(またか!)っぽくもある。

頼むっ!今度こそ回復してくれっ!3週間近くデフォルトで病気って、いろいろと、シンドイわ。

(雨に多少、濡れても、風邪をひく気配が感じられない)さすがに、この感覚がやってきたら、治っただろう…というか、治っているだろう。

3週間くらい病気のリレーをしていたのが、健康体に戻った。つまりは、治った(だといいなぁ)。(また別の病気がやってきやしないか?)って、ソワソワしてる部分もあるんだよねぇ…。

健康な感じ、3日くらい継続中。

できることを、できる分。

「引っ越すかもしれない」ってことを、各方面に連絡。どーなる!?おれ未来&人生。



  
  
<8月4日>

【海と大地と空と太陽、宇宙からの絵も】



平和と聞いて感じた色は、地球でした。




  
  
<8月2日>

【ハルヨさんの梅の実】

ぼくには、週に1度ほど会う、90歳近くのハルヨさんって友だちがいる。
今日、ハルヨさんは、外で、梅の実を梅干にする途中過程であろう「天日干し」をしていた。梅干色ではなく、梅の実色の、梅。

「食うナ?」
「いただきますっ!…ウメェ!!(梅だけに)」
「辛かど?」
「ウマイです!…これは効きますねぇ〜!!(あ、種も緑というか梅の実色なんだ)水は持ち歩いているんですけど、塩、が足りなくて、ありがたいです。効きます!」
「そがんてだもんナ!水と一緒に梅干ば1つ持ち歩くとヨカち言うもんナ!…もう1個どがんナ?」
「いただきますっ!…効くぅ〜!」
「もう1個どがんナ?」
「ありがとうございますっ!いただきます!…こりゃぁ〜、効きます!」
「もう1個どがんナ?」
「ありがとうござます、でも、これ以上お言葉に甘えるのも(礼儀として軽い贈与を受け取るのは3回までってあったよーな)。」
「そがんナ。わるかっじゃナカとよ?!」
「もちろん!もちろん!…ぼく、途中で踏みとどまらないと、節操無く行っちゃいそうなんで…」
「そがんナ。腹八分目ち言うゴツ、なんでん、そんくらいがヨカかんしれんナ」
「ありがとうございます!おいしかったです!」
「そぎゃんだろ?こん、梅の実の色ばしとる時も、うまかとばってんが、すぐ時期ん過ぐっとたい(この状態は長持ちしないのでシソの葉などを用いて梅干にする必要があるの意、だと解釈)。」
「ごちそうさまでした!」
「ほっじゃ、またナ〜(しゃがんで梅の仕分けをして手を振りながら)」
「どーもー!」

梅干の前の、ハルヨさんの梅の実。食べた後、口から出した種。太陽に照らされて梅の実色した梅の種。

ハルヨさんの梅の実の中心にあった種の色は、ぼくの脳裏に、鮮明に刻み込まれた。
これから先の夏、梅干になる前の「梅の実」を見たら、ぼくは、きっと、この日のことを、みずみずしく光った種の映像とともに、思い出すだろう。








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