2010年11月
  
<11月26日>

【紹介は広告】

(自分の好きなものや好意を持っている企業または商品を紹介するって、実は、紹介じゃなくて広告してるんだな)と、思った。で、(広告するブログやページを作るのも楽しいかな)と、思った。



  
  
<11月25日>

【お茶に真面目】



伊藤園。




  
  
<11月24日>

【苦しんでたら、労働ですか?】



人に楽しい労働を。




  
  
<11月23日>

【勤労感謝の日】

ひとつ、アイデアが出た。


普段、勤労している人は休む日。
普段、勤労してない人は働く日。


こうしたらキレイなんじゃないかな、と。

勤労がデフォルトの人は日頃の勤労と今日の休みに感謝して、休みがデフォルトの人は日頃の休みと今日の勤労(を通じて何かしらに)感謝する。「1/365」だったら趣味的に勤労できるんじゃないか?(主におれが)と思った次第。あ、労働じゃなくて勤労。ここ、大事だと思う。労働してても勤労してない人も、その逆の人もいるだろうし。

おれ、勤労する宛て・対象があれば、今日という日に勤労するんだけど、さて、どうしたものかな。あ、掃除・洗濯・片付け・調理・Webでの活動、などなど、そういうことをしようか。いつも通りっちゃ、いつも通りか。



  
  
<11月22日>

【小銭をたくさん拾う夢】

今日、小銭をたくさん拾う夢を見た。都市田園部みたいな何とも矛盾しかけた大学近辺で、その先を左折して次のバス停が目的地…で、一つ前のバス停でバスを待っているって形。意味分からないけど、夢は現在・過去(もしかして未来も)の情報を一緒くたに整理しているらしいので、その視点から捉えると分かる。

で、バス待ちの間、芝生に30cm感覚ほどで、50円玉・100円玉・500円玉・彫りの無い銀貨、とにかく銀メッキされた小銭が、ちょこちょことあるのだ。当然のように、拾う。(あった。あ、また、あった。おぉ!?またあるぞ。またある)摘めなくなるくらい銀貨を拾った辺りで(えっ?なんでみんな拾わないんだろう?拾えばいいのに)と思った。バスは、まだやってこない。

周りに気を向けると、イスラムの民族衣装というか「アノ黒いの」の形をした茶色というか何というか自然に溶け込む感じの色をした服を着た大人しそうな婦人がいて、羨ましそうに、小銭を拾える環境にあるおれを見ている気がしたんで「いります?」と尋ねたら、欲しそうだったので「どうぞ」と渡した。

その後も小銭を拾わない人たちに(拾えばいいのに)と思いながら(選択権は人それぞれにあるし、恥ずかしいって思う人もいるんだろうな。ま、渡したし、後は各人の意思か)などと思い、小銭を拾い続けた。

そのうちバスが来て、バスに乗る直前までも小銭がある空気だったので、しゃがんで「あ、お先にどうぞ」的なことを言いつつ拾ってバスに乗った。バスが出発するのとほぼ同時に目が覚めた。


(小銭を拾う夢…何だったんだろう?ユングのおっさんが既に先に答えを出してくれているだろうから)と思い、インターネットの力を借りて調べた。


「お金を払う・拾う」ということは、愛情・協力に意識が向いていて、幸運がやってくる。


端的にまとめると…というか「小銭感の幸運が30cm程の頻度で訪れる。訪れた幸運を次に並んでいる一人には渡す」と解釈すると気分が良いので、そう解釈した。


小銭をたくさん拾う夢。


検索結果の1ページ目に個人の趣味的なページをチラホラと見かけたので(「小銭をたくさん拾う夢」ってフレーズをチラホラ入れて近況報告を書くと、このページが検索結果の上位にくるのかな?それ、おもろそうだな)と思ったんで、書き残した。さーて、来週のサザエさんはぁ?…ではなくて、さーて、どうなることやら。楽しみだ(「近況報告を書いた」時点で「0から1へ切り替わって興味の大半が解消された」んで、おれ、調べやしないんだろうけど)。



  
  
<11月21日>

【常識と良識の差異について気づいたこと】



常識はマニュアル化しやすく、良識はマニュアル化しづらい。




  
  
<11月16日>

【救いようのない結末をどう変えようか】

(昨日付けで書いた絵本風の話、事実に基づいたエピソードを入れたら、形になるかもしれないな)と、思った。

その際、結末を、夢見すぎない程度のハッピーエンドに切り替える必要もありそうだな。自閉症のまま健やかに生きるアイデアの幅、次第かな。「汎用性のある」ってのが、ポイントになりそう。



  
  
<11月15日>

【ジレンマに泣けてくる話(絵本風)】

あるところに、みんなのことを大事に思う人がいました。
でも、その人は、芯に人と接すると、しばしば軋轢を生むことがありました。
その人がいることで、平和が壊れて、周りの人は困っていたのでした。

(いたら迷惑みたいだし、みんなのことを大事に思えば、ここにいない方がいいのかな)と、その人は思いました。

みんなのことを大事に思うので、その人は、ある時を境に、人に会うこともなく、ひとりで、そっと、死にました。



  
  
<11月14日>

【なぞなぞ】


狭くて、いちばん広い箱。


これ、なぁーんだ?



  
  
<11月13日>

【答え】


頭脳。



  
  
<11月10日>

【スキルが欲しい】

今日は気分が曇りで、なぜか?と思考を巡らせていたら「スキルが欲しい」「欲しいスキルが分からない」「ゆえに努力の方向も分からない」ということだろうと、分かった。スキル、欲しいなぁ。



  
  
<11月4日>

【堂々巡りで頭が痛くなること】

作業系の業務を頼まれた。報酬金はない(我輩は猫であるのトーンで)。

以前頼まれた選定系の作業を提示された条件「面白いものを選ぶ」で一生懸命取り組んだ。おれの感覚はズレているだろうから、友だちに確認取りながら、吟味して行った。

で、そもそもの提示条件が「先方にとって都合の良い率がすごく高めで、面白いは隠し味程度の割合」だったらしく、おれと友だちの時間が飛んだ。「本当に顧客の欲しかったモノ」を顧客は噛み砕いて伝えてはくれない。大意では合っているけど、それって、そもそも表す言葉がチガウくね?みたいな形なんだなー。そもそもが違っていたとしても、それこそ言外の意味を察して(こうは言っているけど、求めているモノは違うな)と判断して動けばよかったんだろうか?でも、おれが言外の意味を推し量って行動をすると「余計なお世話」になることが多々あり、やっぱり、基本、言葉のままに取り組もうと考えている。

で、選定がほとんど反映されていない形のデータを渡された。

(先方にとっては、これらが面白いモノだったんだろうな。おれも友だちも、いわゆる第三者的な受け取り手で、その立場から見たら提供側にとって「都合が良い」ではあるけれど「面白い」って表現はチガウなぁ…ウソではないけど)という心持ちで(まぁ「企画に積極的に参加してくれた人が潤う」ってのは同じだから、いっか。おれの気持ちが反映されないのは残念だけど、変更を求めたら「押し付け」になっちゃうだろうし)という気分で取り組んだ。

この時点で、お客さんに喜んで欲しい、というスタンスで取り組もうと決めていたみたい。モチベーションの元、先方に対しては、ほとんどない。

(先方はチグハグしているなー。板ばさみ的な別の友だち、いつもこんなんなんか…タイヘンだなぁ)

こんなことも思ってた。で、2時間ほど作業した。データ量の割りに、先方のヒューマンエラーが多かった。そのことを板ばさみ的な友だちにメールで伝えた。おれの場合、どーしても「知らない人の勤めている会社のサーバーを通す」と公式文書的な気分になる。友達のことは信用どころか信頼しているのだけど、友だちの勤めている会社内にいる人を信用できるか?となると、話はまた別だ。知っている人ばかりの小規模の会社だったら「公式文書的」な気分も拭い去れるはずなんだけど、20代前半までの人生の幾らかを投資して就職した会社を辞めてくれなんて言えない…と同時に、治しようが無い症状が表面に形となって現れているのを治してくれ…と言われるのも困る。

作業結果をメールで送って「おまえのメール、おもろくない(面白くはないではなくて、なんつーか不快。のようなニュアンス)。わざとだよな?」みたいに伝えられて、実はすげーショックを受けているみたい。じゃないと今のこの心情の説明がつかない。

何がショックなのか?

ストレートに言ってくれるのは嬉しい。

治しようが無い部分に対し、治した方がいいんじゃないか?みたいに言われるのが、ショックなんだろう。

治しようがねーんだし、でも治した方がいいみたいだし。根本の捉え方、別視点を提案してもらえるなら、治しようもあるだろうけど、そんなん言えない。おれのメール「会社・会社じゃない」に対する根本の捉え方・視点を考えて見つけてくれ、なんて、忙しい人間に、言えない。だから、ここで漏らす。

根本の捉え方が見つかれば、どーにかなるけど、基本的に、どーにもならねぇってことを治した方がよいって風に言われると…堂々巡りで、ってことは「細部への注意」が働いて「注意の切り替えが困難」で、こりゃ数日は考えるだろうな。周りから見たら「何悩んでんの?」的に映るんだろうなby人生経験。

あ。

「100mを12秒以内で走ってください」

こんな感じのことを言われてる気分なんだ(そりゃ、できる人はいるだろうし、努力すりゃ届く人もそれなりにいると思うんだけど…)。

根本を変える。

「100mを12秒以内で走ってください(方法は選んでいいです)」

これだっら、駆けっこ以外にも、自転車・自動車・バイク・列車などなど、やりようがある。

あー分かった。
現状を治すには、根本をなおす必要があって、根本を切り替える方法が分からない状態で「治した方がいい」的な状態が苦しいんだ。


視点が見つかれば解決。


今おれが抱えていて、堂々巡りで頭が痛くなることは、捉え方の根本・視点が見つかれば解決する話なんだ。早急に、ってわけじゃないから、ジックリと取り組んで、見つけていこーっと。

ショックが和らいで、多少、ラクになった。



  
  
<11月3日>

【大事な対象からの打診】


「大事である」と感じている対象からの打診は、できうる限り受け入れるようにしている。数百キロの旅も大事な対象からの打診で、さらに別の大事な対象からの打診があったので、動いた。大事が多くなると情報処理オーバーになることは分かるので「大事な対象をできる範囲で絞り込む」という手法を選んでいる。ぼくには、それが、きっと合っている。大事が増えるとジレンマを抱える…こと自体もジレンマだ。








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