2011年2月
  
<2月26日>

【リハビリ】

数百メートル歩いたら息が上がる。

まぁ、数日前までは(数百メートルも歩く?なんて無謀な!!?そんな距離を歩くだなんて、とんでもない!)みたいな状態だったから、マシなっていることはマシになっているんだけど、それでも(まだやれること、あるのになぁ。息、上がっちゃうんだよなぁ…)というようなことを思ってしまう。

動かずに考え事もしてみて「考え事をして汗をかいて疲れる」ってのも経験済み。

結局、体を動かすにしても頭を動かすにしても、エネルギが必要で、病み上がりの今はエネルギ自体の残量が少ないようで、結果、主に受動的なことをして過ごし、エネルギを振り絞って能動的なことをする…ってのが最も理に適ってるかなぁ。

その時々、その瞬間、自分にとっての能動的な対象に、一極集中的にエネルギを注ぎ込んで進めて、肩で息をし始めたら、体の変化に従い休む。

これから数日は、こうやって過ごすのが良さそうだな。



  
  
<2月25日>

【なおった】

汗、ダッラダラかいて、ボータボタおちた。

(あぁ、これは、経験がある。治るやつだ!この流れに乗れば治るはずだ!)と一縷の光を手繰るように対処した。

ご飯も食べられたし、お風呂に入ることもできた。両方、肩で息する始末だったけど。
ご飯で思い出したけど、腹がしぼんだ。見るからに、しぼんだ。この2週間、ほとんど何も食べてなかったし、それで生命が維持できるってんだから、すごいと感心もした。腹回りの脂肪を中心に、体重にして5kgは消費しただろう。


「デブが得するのは山で遭難した時くらいだよ」


ここは山でもないし、おれは遭難もしてないけど、この言葉を、芯から体感した。



  
  
<2月24日>

【39度オーバー】

きちんとぶり返した。(どこまでネタ体質なんだろう、おれ)など、思った。

(ほんと、人間、いつアノ世に逝くか分からんから、遣り残したこと・日々の地道なことをしといた方がいいな)とも思った。

風邪というよりも「発汗および体温調節機能の故障、体のトラブルが発熱として表現される」と書いたほうが、当事者としてはシックリくる。


体のどこかにトラブルが起きると、38度を軽く越えてくる。


こんな感じだ。10日以上続いていると(もう、これ、一生この状態が続くと仮定した方がラクなんじゃないか?「体の何処かしらに不具合が出たら熱が38度を越える体質」だと割り切っちゃった方が、できること、多くないか?一生続く自閉症を通じて経験したこと覚えたことを流用したら、不具合な体でも、どーにかなりそうかもしれないし)なども思った。

文末が単調なのが気になるけど、今は、それよりも気にすることがあるはずだ(解熱とか)。



  
  
<2月23日>

【生還】

平熱に、戻った。胃液のみを吐いたり、まぁ、酷かったけど、今は…今はラク。回復まで綱渡り的な日々だと思っている。正直、アノ風邪、ぶり返すのが怖い。



  
  
<2月22日>

【40度近い熱】


熱で朦朧として幻覚紛いのモノを見るくらい、脳が、おかしかった。



  
  
<2月18日>

【風邪による物理的ダメージ】

風邪が長引いていて(え?年なの!?年なのか!!)、風邪が原因だと思われる関節痛のため、歩くのもままならない状態を経験して、(これ、もしかしたら人生初かも?!)などと思った。膝の外側が痛くて歩けないとか。実際には歩けるんだけど骨と骨とが削り合うような痛みのため、歩かない方がいいかな、と。やわらいできてるから、まぁ、大丈夫でしょう。


  
  
<2月16日>

【風邪のリレー】

ここ数日、風邪をひいては布団で温まり、布団で温まっては腹が鳴って鳴って食事の段取りをし、食事の段取りをしては体が冷えて風邪をブリ返し、を、繰り返している。

(あぁ、なんと無駄なことだろう)と思うけど、しょーがない。過去の自分が今の自分の土台なので、しょーがない。

せっかく「ちょっと考えてみるか?」と振られたお題で、おもろい方向のアイデアが出ているだけに、もったいない。でも、あんま、アタマ働かないんだよなぁ…。安静にしとけってことなんだろうなぁ。



  
  
<2月13日>

【(おれは一人で人に会わない方がいいな)と思った話】

外に出て、数メートルほどのところでその筋の人と揉めた。イザコザがあった。

こちらに悪気は一切無いのだが、こちら側としては筋道が通っているので、おれは譲らなかった。結果、事務所に連れて行かれそうになった

(バカだなぁ。折れればいいのに、バカだなぁ)と、他人事だとしたら、思う。

「何の車に乗りてぇや?言うてみぃ。ベンツや?クラウンや?…それで迎えに来させるから」
「車でなくて歩きがいいです。今から警察に行きましょう」

こんなやり取りもしたっけ。

向こうには怒気があって、こちらは事務的な空気。

向こうさんの携帯電話が鳴って「…とにかく変わってるんだ!アタマおかしいんじゃねーか?ってくらい変わってるヤツ。身元が分からんから、まだ…」みたいなやり取りがあったので(なるほど、変わっていて何をしでかすか意味不明で得体の知れないところに怯えているんだな)と思い、本当はこちらが怯えるべきなんだろうけど(ヤベェ、ヤベェ)とは思ってたけど(今、目の前にいる人は「直線型」「一本気」「スーツではない」。さらに警察まで歩いていけそうな感じもあるから…理由や原因や利害が分かって、おれはあなたの敵じゃない、おれは頭が変なんだ、ということが伝われば、きっと解決する)と判断し、伝えた。

結果、スムーズに解決した。

運が良かった。

概念と経験という道具が充分にあったとはいえ、スムーズに解決したのは、運が良かったからだ。相手さんが「ハンターハンターのナックルが、もうちょっとガラの悪くなった感じ」だったので助かった。

パターンで対処できる分は、まだいいが、基本的に(おれは一人で人に会わない方がいいな)と思った話。



  
  
<2月12日>

【自分で自分が分からない時】

昨日の近況報告はアニメを観ていて気づいたことで、(自分で自分が分からない、という事象の一つだなぁ)と思った。なので、今日、近況として報告した。



  
  
<2月11日>

【「お前が言うな!」の違和感】

世の中には「お前が言うな!」という言葉がある。言葉というより感情だろうか。
ぼくも言われたことがある。言われる機会は、おそらく、他の人よりも多いと思う。
「お前が言うな!」と言われる度に、何かしらの違和感を覚えていたけど、フッと解けた。

「お前が言うな!」というのは命令で、命令を受け入れるという契約をしていなければ、それは、「お前が言うな!」という言葉を放った側の決め付けだ。押し付けと言い換えてもいい。言われた側は、言葉に従うなら、命令を受け入れるなら、支配されるなら、何も言えなくなる。

「お前が言うな!」の内訳は、おそらく、こうだ。


(お前もだろ?!お前も同じ境遇だろ!?こっちはその境遇から苦しんで抜け出して抜け出した状態を無理して維持してるんだよ!それなのに同じ境遇にあるお前が言うなよ!)


「同じ境遇である」これは事実といえそうだ。
「境遇を抜け出して維持している」これは「お前が言うな!」と言う側の事実だ。いや違うか。事実は「言った側とは違う境遇である」くらいだろう。生また瞬間クリアしている人もいるだろうから。
「境遇を抜け出すまでにコストを支払って、そのコストが抜け出した当人にとって耐え難いほどのものだった」という当人にとっての事実があり、事実が感情を刺激して、さらに「『それは抜け出した者のみが言えること』という当人にとっての自分ルール」が加わるから「お前が言うな!」という言葉が出てくるのだろう。


違和感は感情にある。


「お前が言うな!」が「お前もだろ!」だったら素直に「はい」と言える。でも自分も同じだからって「言っちゃいけない」ってことはないと思う。「(目の前の相手の気質や性格などを考慮して)言わない方が得策(だろう)」くらいか。

事実と感情に分けて考えて、「お前が言うな!」と言われた時に(えー?なんでー??)という形で心に現れていた違和感が、いくらか、ほぐれた。



  
  
<2月7日>

【理屈は面白い】

理屈人間というか、「0」「1」人間というか、拠り所が「理屈」の他に、ほとんどないという形で、この世に放たれたというか。おれはそんな人間。

なので理屈は面白い。

理屈は好きだ。分かるから。例え間違っていても、分かるから。

感情は、よく分からん。「人は感情を元に動く」のは分かるんだけど「他の誰かの感情に支配されて動かされる」のは、どーにも我慢ならん(我慢ならない感情、か)。

その点、理屈はいい。

その理屈を誰が作ったとしても、受け取った自分が「納得できれば」賛同できるからだ。

「理屈に納得」を感情側にスライドさせると「感情に共感」となるのだろう。


共感する部分が平均値からズレている。

ああ、なるほど。「共感する部分が人と掛け離れている」と言い換えてもいいが、なるほど、これだと、おれが人とやり取りをする時に「感情よりも理屈を優先」させることが多いのも頷ける。

感情だと、お互いに齟齬が出やすい。

おれの生まれ持った特徴(先人は自閉症と名付けて分類した)ゆえに、集団での意思決定に感情を優先させると、認識のズレが大きくなるのか。確かにそうだ(自分の人生、過去を思い出しながら)。


共感する部分が人類の大多数と同じ。


この特徴を持っている人は、感情を優先させるのか。人間は動物で、理屈よりも感情の方が、動物の本能により近いから、だからなるほど、物語の主人公は感情に訴える系のキャラがくるわけか。

主人公は感情キャラ。補佐役は理屈キャラ。

感情ではなく理屈で話を進めると、キャラ配置の根拠や理由も分かる。それも含めて、やっぱり理屈は面白い。



  
  
<2月6日>

【オタキングex】

世の中にはオタキングexという会社であり学校であり家族であるらしいスペース…というか集合体があって、資本主義社会ならぬ評価主義社会で回っている組織なのだそうだ。

で、評価経済やオタキングなどのワードを好意的にWebに残す…というか広めると、オタキングexという組織内の情報部門が探し当て喜ぶ(資本主義社会にとっての売り上げに当たるらしい)そうで、

「一日の延べ閲覧者(PC調べ)が数人の、この近況報告に書いて、果たして、その情報部門に所属している人は見つけることができるのか?」

という疑問が頭に浮かんだんで、今、書き残す行為をし、疑問を行動に移し、完了したところ。まる。



  
  
<2月5日>

【生存報告】

生きています。

で、相変わらず、周りとチョット違った脳みそに、もがいています。

(歪でも変でも)論理的な思考ができる脳ではあるため「考える・解決する」という娯楽に興じるこおとができるので、楽しくは、あります。








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